What Comes First|スリムであるための身体学

同じガソリンの量でも、車の性能あるいは運転の仕方次第で、走れる距離は変わる。

Hiroki Asano, 2024

よくある統計ではありますが、宝くじに当たった人の多くが数年以内に破産するという話です。

これは「お金の使い方」を学ばないまま裕福になってしまったが故に起こることだと言われています。あるいは「一度上げてしまった生活水準を下げるのは難しいから」だとも言われています。ここから得られる教訓は「増やすよりも、まず使い方を学ぶべき」ということです。

まったく同じ考え方が身体にも当てはまります。運動というと「筋肉をつけるため」「体力をつけるため」というように「なにかを強くしないといけない」と考えるケースがほとんどです。この気持ちは分かりますし、それが必ずしも間違った考えだとも思いません。

しかし、先ほどの宝くじのように「身体の使い方を学ばないまま強くする」とどうなるか。筋肉や体力がつくことによって、多少「マシ」にはなるかもしれませんが、お金と同様に身体資源には限りがありますから、すぐにエネルギーは枯渇します。同じ量のガソリンを積んでも、燃費効率が良く、運転が上手いほうが、長い距離を走ることができるというのもそういうことです。

さらに、強くすることばかりを優先すると「ストイックにならないとダメ」「もっと頑張らないとダメ」「追い込まないと意味がない」というように自分に対して不必要に厳しくすることにも繋がります。忘れてはならないのが、運動は必ずしも「キツい = 効果が高い」ではないということです。汗をたくさんかき、息が上がり、疲れたほうが「やった気にはなる」けれど、それと望んだ結果が手に入ることはイコールではありません。ストイックな人を見ると「自分も頑張らないと!」となりますが、それが必ずしも正解ではないのです。

基本的に僕の運動指導のスタンスは”追い込まないこと”ですから、たまにお客様から「こんなにラクでいいんですか?」と聞かれることがあります。しかし「キツいほど効果が高い」という根拠もないのです。筋繊維を太くしたり、基礎代謝を上げるという点ではそちらのほうに軍配が上がりますが、そもそも僕のピラティスの目指すところはそこではありません。ガソリンのタンクを大きくすることでも、収入を増やすために汗水を流すことでもなく、まずは「正しく、効率の良い身体の使い方を学ぶこと」なのです。

もちろんこれはシルエット的な話にも通じます。「芯のある細さ」「しなやかさ」「繊細さ」という、多くの女性が求めている答えもここにあるわけです。(一応、ボディメイク寄りの指導者なので)

筋肉というのは「鍛えて太くするか」「鍛えずに細くするか」の二つの方向性しかありませんから、当然ながら、鍛えれば鍛えるほど方向性としては太くなります。ですので、僕の指導では、強化というよりも「使われていない部分のスイッチをONにする」「使いすぎている部分をOFFにする」という意味合いのほうが強くなります。

特に、使いすぎている部分というのは、肩や腕、脚など”女性がデカくしたくない部分”に集中する傾向があります。基本的には身体の中心(コア)に近い部分を使えるようにしたり、安定させるようにして、無駄な力みを無くす(= 細くなる)ような工夫をしています。

このような手順が蔑ろにされた結果「脳筋(なんでも力で解決すること)」というワードが世の中に生まれてきたのだと思います。技術とパワーのどっちが大切か?という議論は各分野で繰り広げられています。僕の答えは「技術ありきのパワー」です。すなわち、技術がパワーを支える、技術があるからパワーを出せる、ということ。その逆ではありません。むしろ、技術レベルを高水準にまで引き上げることにより「パワー」への依存度は減りますから、エネルギー効率が高く、スリムな身体になるということです。(イチロー選手が良い例)

今回お伝えしたいのは「強くすること」「追い込むこと」「ストイックになること」がすべてではないということです。現代人は常にストレスと隣り合わせの生活を送っていることから、すでに「力む」ことは得意なのですから、いかにそれをリリース(解放)してあげるかを考えていく必要があるのです。

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