Non-Stress|ストレスを支配する

自分でも驚くほどストレスがない生活を送っています。

悩みとかないんですか?と聞かれれば「ない」と答えています。本当にありません。

それは「主体的に生きている」というのが理由の一つだと思います。

主体的に生きるというのは、言い換えると、自分の人生の主導権は自分にある、自分の人生のマスターは自分である、目の前の事象に対する反応は自分の意思で選ぶことができる、ということ。

自分の性格的に「やらされる」という義務感のようなものが苦手で、できるだけ自分の意思において物事の方向性を決めたい性格です。

一見、自分勝手のように聴こえますが、自分勝手というのは「他人を巻き込む」的なニュアンスがあるので、主体的であることが必ずしも自分勝手であるとは限らないと考えています。

自己啓発の名著「7つの習慣」にも、「主体的である」という章があります。それも初めのほうに登場しますが、それくらい重要な概念ということでしょう。

ちなみにこの本は、学生の頃に読んで僕が大きな影響を受けた一冊。最近また読み返しているのですが、やはり面白い。歳を重ねるほどに、主体的に生きることの重要性を感じます。

でも、なぜ主体的に生きることがストレスのない生活に繋がるのでしょうか。

それはやはり「自分の意思決定において行動を起こせるから」です。自分で決めたことだから良くも悪くも自分のせい。けれど、そこには自由がある。

逆に、ストレスを抱えやすい人というのは、どこか人生に対して受け身で、身に降りかかる不幸や災難を環境のせいばかりにし、自分の行動を改めようとしない気がしています。

僕が特に気を付けているのが「変えられないものに対して文句を言わない」ことです。政治、経済、満員電車、明日の天気、職場の人間関係など、自分一人の力では変えられない外部環境に対して文句を言わないことです。

けれど、多くの人はテレビやスマホを見ては文句を言う。嫉妬したり、腹を立てたり、誹謗中傷に走ったりする。それが積み重なって大きなストレスになっている気がします。

ちなみに、ここ数年テレビをほとんど見ていません。理由はシンプル。ネガティブなニュースや芸能人のスキャンダルなど、どうでもいい(少なくとも自分には関係がない)内容が多いから。朝から暗い気分になったと思いきや、夜も同じ内容を見て暗い気分になる。なので、見るのはせいぜい経済番組くらいです。

SNSも最近は控えめ。流れてくるタイムラインを眺めることにあまり意味を感じないからです。「スマホ脳」という本によれば、2011年あたりから鬱病になる人の数が急増しているとのこと。それまでも少しずつは増えていたけれど、2011年あたりから一気に増えたようです。原因はスマホが普及しはじめたこと。ネガティブな投稿を目にしたり、SNSで「他人の羨ましそうな生活」を朝から晩まで見させられることで劣等感を感じ、本来溜めなくてよかったストレスを溜めることになるからです。これは過去と現代の大きな違いの一つだと思います。

話を戻すと、主体的に生きるということは、そうした情報との付き合い方も自分で決めるということ。テレビやスマホから流れてくる情報をただボーッと見ているのは受動的な行為に他なりません。必要な情報はできるだけ自分で見つけにいくものだと思っています。

人間関係もそう。本当に自分にとって付き合う必要がある人なのか。仕事の付き合いだからといって我慢していないか。主体的に生きるということは、人間関係も自分の意思で選ぶということ。時には関係を切る勇気を持つことも必要です。

変えられないものに対して不満を抱くのは、非常にストレスになります。生きるエネルギーを削がれるし、心に余裕がなくなるから他人に対しても優しくなれないし、自分磨きも疎かになる。生活全体がギスギスしてきます。

変えられない現実を変えようとする意識は時として必要なこともありますが、そこにエネルギーを費やすのではなく、自分の行動を変えることにエネルギーを費やしたほうが遥かに生産的で、ストレスも少ないと思います。

「自分の人生は自分で決める」を大切に。

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